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とらのあなに色々と委託中です。ウィルグラ再録本ウィルグラ本ベアトリクス乱交本

2016年3月20日日曜日

SR服に着替えた日

晴天の下、教会の鐘が死者との別れを告げる。
 祭壇にはひとつの棺。
 中には町内の有力者の死体が収められている。
 参列者は多かったが、誰もが死を悲しむよりも、その死因のほうにご執心だった。
「殺人ですってよ」
「頸動脈をバッサリだそうだ」
「まあ、怖い」
「いろんな噂のある人だったからね」
「ここだけの話、死んでくれて助かった人も多いんじゃないのかい
濃紺の礼服を着た司祭はとうとうと聖書の言葉を読み上げる。この町では温厚で評判の聖職者で、悲しみに満ちた、しかし穏やかで落ち着いた声で読み上げる。
 葬儀は何事もなく終わり、参列者が見守る中、棺は地中深くに埋められた。
 一転、夕刻。
 静まり返った教会の祭壇で、司祭の青年は静かに神に祈りを捧げていた。
 そして、立ち上がって外に出ると、今しがた埋められた死者の墓の前に立つ。
 青年は墓標に話しかける。
「やあ、棺桶の中はどんな具合だい
先程までの人格者風の容貌とは真逆の、おどけた口調だった。
 青年の手には十字架の杖。その中には剣が仕込んである。幾度となく救いようのない悪者を葬ってきた凶刃。その標的は地下の人物にも向けられた。
 その青年は、眼鏡の奥の瞳に侮蔑の表情を宿し、低い声で呟いた。
「お前の行先は地獄だよ」

◇◇◇
 鬱蒼と茂る森の奥に、その屋敷はあった。
 魔物を捕らえては好事家に売る、魔物を商売にしているグループの根城だ。
 そこの警備兵として雇われた投げナイフ使いのターニャは、昼でも暗い森の中で丹念に武器の点検をし、父親の形見のナイフも丁寧に手入れをし、一通り終えると屋敷を見上げた。
 短く切りそろえた銀色の髪に、右目には黒い眼帯。速く激しい動きに対応できるよう、極限まで布の面積を減らし、胸の谷間を露わにした黒い衣装。その容貌はいかにも暗殺者といった風だった。
 魔物は人を襲い、村を荒らす。
 そんな生き物がどうなろうとターニャには関係がないが、時々馬車で運ばれてくる檻の中に、血塗れでぐったりした大物が居るのを見るときは心が傷んだ。
 あんな巨大で獰猛な魔物を、危険を冒してまで捕らえて売る商売は理解に苦しむが、それ以上に金になるのだろう。屋敷には身振りの良い富豪が頻繁に訪れていた。
 いくら大金の蓄えがある屋敷でも、中身は魔物を相手にした危険な商売だ。ターニャの予想通り、屋敷は盗賊に狙われることもなく、平和な任務だった。毎日ナイフ磨きをしているおかげで、父の形見もピカピカだ。

 そんな中、ある曇り空の夜半に、そいつはやってきた。
 その夜、屋敷の周りを見回っていたターニャは、草を分ける微かな音に足を止めた。
 ターニャはどんなに小さな音でも聞き取れる耳を持っている。職業病でもあるし、もともとそういう才の持ち主でもあった。警備に当たっている他の傭兵には聞こえていない。
 おそらく成人した男の足音、人数は一人。こちらへ真っ直ぐに駆けている。
 ターニャは立ち止まってその方向を見る。
 賊、か
 それにしては、一人というのはおかしい。
 隊を分けて攻めに来た、というのも考えられない。他には音も気配もないからだ。
 ターニャは腰に装備した鞄から三本のナイフを左右で引き抜いて構え、来襲に備える。
 音の主は真っ直ぐにターニャの右方向へと突っ込み、暗闇の中からその姿を現した。
 ターニャは目を疑った。
 巨大な十字架の杖を携えた神父。
 露出度の高いターニャの服と真逆に、上から下まで極端に肌の露出を減らした聖職者の紺の礼服。男が駆ける度に、ばさりと音をたてて聖服の長い裾が翻る。
 どう考えても賊ではない。こんな動きにくい服で盗みを働こうなどと通常では考えられない。
 ターニャは男の法衣が侵入者の正体をカモフラージュするための仮装ではと思ったが、そうではないと即座に否定する。
 紺色の生地で色は目立たないが、男からは濃い血の匂いが漂っていた。普段からこの服で人を殺している、そう直感した。
 男はターニャの姿を認めたが、立ち止まることなくそのまま屋敷へと駆ける。
 行かせるわけにはいかない。ターニャは男と平行して走り出し、問いかける。

「何者だ」
男は応えない。
 それも当然だ、馬鹿正直に名乗る奴はいない。
 ターニャは侵入者と断定し、即座にナイフを投げた。
 手薄の足元に三本。ナイフは風を切る音を立てて男の革のブーツを貫通して肉を切り裂く……はずが、男は前方へ跳んで躱し、止まることなく走る。
 手練れか。
 ターニャは次に、男の動く速さに合わせ、顔めがけてナイフを放つ。
 そこで初めて男は後ろへと引いた。ナイフが虚しい風音をたてて空(くう)へと消えていく。
 仕方ない、そういう風に男は立ち止まったように見えた。ターニャは無言でナイフを構え、男の出方を待つ。
 男は手袋をはめた右手で眼鏡の位置を正し、杖を構え直してターニャを見る。

「退かないなら死んで貰うけど
男は巨大な杖の中から中身を引き出す。仕込み杖だ。気味の悪い赤色をした刀身だった。

「決まってる」

傭兵として受けた約束は違(たが)わない。ターニャは返事の代わりにナイフを放った。
 その場所には男はもういない。ナイフだけが鋭い音をたてて次々に地に突き刺さる。
 男は既にターニャの目の前に迫っていて、剣を横に凪ぐ。一瞬、男と目が合った。丸眼鏡の奥の紫色の瞳は完全に瞳孔が開いている。
 予想通りの動きに、ターニャは屈んで難なくそれを避けるが、頭上を過ぎたのが通常の剣と違う風切り音だったことに驚愕する。
 ヒュオッ、という軽い音ではなく、ごうっ、と暴風が過ぎるような音だった。
 ターニャは相手の武器を見直す。男は片手で剣を持っているが、片手剣と呼ぶには大きい。両手剣に近いサイズだったが、そんな得物を片手で振り回しているのだ。
 嫌な汗がじっとりと背に浮かんだ。
 あれを身に受けたなら、一発で立てなくなるだろう。
 何て聖職者だ、とターニャは思う。
 男が刃をそのまま右に振り抜く。ターニャがすんでのところで跳んで避ける。が、男の剣の重量を見誤った。思ったよりもずっと速い動きだった。
 避けきれずに右肩に傷を受けた。みしり、と骨にまで伝わるような重い衝撃が上体にかかり、ぱぁっと血霧が吹き出し、熱を伴う痛みが走る。
 次の一手。
 左からの薙ぎ払い。
 真っ直ぐに頸動脈を狙ってきた。
 急所を狙った攻撃は、ターニャには逆に避けやすい。横転してそれを避け、ターニャは距離を取って体勢を立て直す。
 男の優男風の顔を見据え、ターニャは鞄から次のナイフを引き出して構えた。

◇◇◇
 目の前に現れたナイフ使いを見て、聖職者の男、ウィルは面倒だな、と思った。
 ウィルとしては一刻も早く屋敷の主を殺したい。が、そうさせてくれないようだ。
 彼女は年齢の割に場数を踏んでいると見えた。ただ、避け慣れてはいないようだ。隙を突くならそこだろう……もっとも、攻撃をさせてくれれば、の話だが。
 斬撃が当たったのは最初の一回だけ。以後は皮も切ること無く躱されている。女の右手、死角になる眼帯側から攻めるも、まるで見えているように避けられる。ハンデを持った戦い方を心得ているようだった。
 女はウィルの動きを予測して、次に動く位置へとナイフを投げてくる。その音は重く、当たれば肉を抉られるだろう。
 ナイフが尽きる様子はないし、剣の当たる距離に近付かねば攻撃すら出来ない。
 次々に飛んでくるナイフを躱し、地に一歩を着こうとしたその時、ウィルの眉間めがけて真っ直ぐにナイフが突っ込んだ。
 この体勢からでは、避けることも剣で弾き返すこともできない。

 ……間に合わない。
 ウィルは気付いた。
 そうか。
 今までの攻撃は、この最後の一手に誘導させるための罠。全てがフェイントだったのだ。
 目前の死に、背筋がぞくりと粟立った。

 ……殺られる。

 その刹那。
 ガツンッ、と金属音が鳴った。そして、顔への衝撃と、何かが割れる音。
 ターニャのナイフは、偶然にも浮いたウィルの眼鏡に当たり、それを真っ二つに砕いて眉間をスパンと斬った。
 ウィルの額に熱が走り、一瞬だけ、赤い絵の具をぶちまけたように視界が赤く染まる。
 自分がナイフを受け、後ろに転倒する様子が、ウィルにはスローモーションのようにゆっくりと見えた。
 割れた眼鏡が、血を浴びたナイフが、顔から離れて宙を舞う。

 ……神よ。
 しかし、九死に一生を得た、とウィルは思った。
 意識ははっきりしている。
 傷は深いが、眼鏡が衝撃を和らげたおかげで、骨までは達していない。
 ただ、身体の中で最も流血しやすい頭部の傷だ。生温かい液体が止めどなく溢れ、鉄の匂いが鼻腔に満ちる。
 ウィルは後ろに倒れた。その衝撃で手から剣が離れる。体勢を崩した好機を狙って、女は真っ直ぐに飛び込み、首に斬りつける。
 それは十分に予想できた行動だった。その顔を思い切り横から殴りつけると、女の身体が横転した。
 ウィルの顔の直前で風切り音が鳴り、首元に熱い線が走る。皮一枚で避けたようだ。
 あのままナイフを投げれば殺せただろうに、確実に殺すために飛び込んで形勢を逆転させてしまった。おそらく経験不足によるものだろう。
 ウィルの憶測通り、ターニャには経験が足りなかった。今まではただ、ナイフを投げるだけで決着が付いていたのだから。それは皮肉にも、熟練した技巧の持ち主という証であるとともに、接近戦の経験不足を物語っていた。
 ウィルの目に、一瞬だけ、目を見開いて愕然とした女の表情が見えた。しくじった、そんな顔だった。敵のそんな表情は今まで何度も見てきた。自分の身体が思うように動かなくなったときの顔でもあった。
 ウィルは刃に毒を仕込んでいた。
 女は頭部を殴られた衝撃で脳震盪(のうしんとう)を起こし、立ち上がれないままでいた。ウィルはそこを足蹴にして仰向けにさせる。
 そして、女の落としたナイフを拾うと、躊躇わずに振り下ろした。

◇◇◇
 ……死んだか。
 男を見上げ、ターニャは終わった、と思った。
 曇っていた夜空は月が出ていて、逆光に男の金髪が透けていた。相手の眉間についたナイフの跡からの流血は激しく、男の額から顎までを染め上げ、血の匂いが鼻を突いた。
 彼の凶刃が貫くのは首か、胸か、それとも腹か。
 せめて、己の人生を終わらせるのが父の形見であることが救いか。
 男の手が振り下ろされ、熱い痛みとともに首から鮮血が噴き出した。
……そんなナイフの軌道と死のイメージがはっきりと脳裏に浮かんだ。

 だが、その予想は外れた。
 ずぶっ、と右の手のひらに激痛が走る。男はナイフをターニャの手の甲に突き立て、そのまま足で踏みつける。刃はずぶずぶと嫌な音を立ててターニャの手を貫通し、地面に食い込む。
「……ッ」

激痛と熱い衝撃が手のひらに走る。
 男が口を開いた。

「神よ」

男が地面に落ちたナイフを拾うと、ターニャのもう片方の手にもナイフを突き刺し、こちらも足で踏みつけて地面へと縫い止める。

「我が敵を憐れみたまえ」

鋭い痛みにターニャは眉をしかめる。
 自由を奪って嬲り殺しにする気か。
 だが、ターニャの予想は外れた。
 男はターニャに背を向け、仕込み杖を拾うと、一直線に屋敷に走り去る。
 警護に当たっている他の傭兵たちの悲鳴と斬撃音が聞こえた。悲鳴の後に争いの音は聞こえない。一撃で葬られたのだろう。
 ターニャは手を貫通したままのナイフの柄を指先で握ると、力を込めて身体を浮かせ、地から手のひらごとナイフを抜こうとした。力をこめた手の骨がぎしりと軋む感覚。激痛で呼吸は浅く乱れ、額には脂汗が浮かぶ。
 刺さったナイフとは別に、ターニャの手は重い痺れを感じていた。数秒経つ毎に段々と力が入らなくなっていく。傷を受けた肩口からも同じ痺れが伝わるのを感じた。神経毒だ。
 あの赤い刃に仕込んでいたのだろう。もっと早く気付くべきだった。
 このままではナイフを抜くことすらままならない。
 全身から力が奪われていくのを感じ、ターニャは焦る。
 そして、ターニャは決意した。次で一気にナイフを抜く。そうでなければ二度と起き上がれない。
 ターニャは一度、深呼吸をする。
 そして息を止め、思い切り上へと引き抜いた。ぎちりっ、と刺されたときと同じ、摩擦熱を持った痛みが傷口をえぐり、ターニャは苦痛の喘ぎを漏らす。
 一気に手を振り抜くと、激痛とともに片方のナイフは抜け、カランと音をたてて地に落ちた。
 身を起こすと、空いた血まみれの手で、もう一本のナイフを抜こうとする。が、血と汗でまみれていて上手く柄を掴めずに滑る。自身の服に擦りつけてそれを拭うと、今度こそ引き抜いた。激痛はあったが、一本目を抜くときの痛みに比べれば屁でも無い。
 ターニャは肩口から毒を吸い出し、解毒剤を塗り込むと、応急手当用の布きれできつく縛り上げた。雇い主を護り切るまで身が保ってくれ、と願いながら。

 ターニャはふらつきながら立ち上がり、散らばったナイフを拾い上げると、男の後を追う。
 ふと、馬のいななく音と馬車の走り出す音が聞こえた。音は屋敷から飛び出て、そのままターニャの横を走り去っていく。
 もしかしたら、雇い主が屋敷を離れる音かもしれない。侵入者に気付いて逃げ出したのだろうか
 無事ならば、それでいい。
 だが、ターニャの仕事はまだ残っている。傭兵として、主人の無事を確認せねばならない。

◇◇◇

 ターニャが屋敷に着くと、悲鳴も、争いの音も無かった。ただ、何かがおかしい。ざわざわと何かの気配がする。
 二階のバルコニーに通じる窓が開いている。あそこから男は侵入したのだろうか。そこは他の部屋よりも豪華なカーテンが掛かっていて、なるほど、主人が居そうな造りをしていた。
 ターニャは正面入口に回る。重厚な扉は全開になっていた。そこから見えた内部の様子に、愕然とする。
 中は魔物の巣と化していた。屋敷で飼っていた魔物が解放されていて、玄関ホールから外へとわらわらと湧き出ていた。
 駆け寄るターニャに、巨大なサメの魔物、剣鮫が襲いかかる。その鋭い鼻先を難なく避けて距離を置くと、屋敷内をざっと見渡して魑魅魍魎具合を確認する。主人がわざと放ったのだろうか 否、そんなことをしたら己の身を護れないだろう。
 剣鮫はターニャから標的をそらし、小さな白ウサギの魔物ホワイトラビットに牙を剥けた。
 ターニャは反射的に地を蹴った。すんでのところでホワイトラビットを胸に抱き、剣鮫から逃げ仰せると、人の気配に感づく。
 ガキンッ、と金属音が別室から聞こえた。人が居る。ターニャはそちらへ駆けた。
 その部屋には大小たくさんの檻があり、その全てが壊され、解き放たれた魔物がひしめき、開け放たれた窓の外へと流れていく。あれだけ解放しても、まだまだ屋敷には魔物がいるらしい。
 そして、ひときわ大きな檻の中から、さっきの聖職者が巨大な魔物を担いで運びだしているのが目に入った。
 ターニャが時折目にしたような、傷だらけで血塗れの魔物。鋭い牙を持った肌色の芋虫、グレイブティガーだった。
 彼はターニャの姿を認め、剣呑な光を目に宿して睨んだが、ターニャの胸にホワイトラビットが抱かれているのを見て、その殺気を引っ込めた。
 奇妙な沈黙が二人の間に流れる。
 瞬時にターニャが導いた答えは、男が同業者で、この魔物達を我が物にしようとしている、というものだった。

「お前も魔物を売り買いしているのか」

ターニャが沈黙を破ると、男
の顔が歪む。

「あんなクソッタレどもと一緒にしないでくれよ。僕はただの魔物を愛する男さ」
「……」
「あいつを殺せなかったのは残念だねえ。それじゃあ、またね」
 男は魔物を担いだまま、ターニャに背を向ける。たんっ、と床を蹴り、窓の外へと身を躍らせる。逃げる気だ。
 ターニャは咄嗟にナイフを投げた。男の肩をかすめて空を切る。まだ腕の痺れは取れない。
 窓に飛び乗り、後を追った。外へ身を投げると、そこは屋敷から脱出した魔物達の吹きだまりだった。
 ターニャを見るや、色んな魔物が次から次へと攻撃を仕掛ける。その腕や牙や触手を避け、上へと跳んで木の枝に飛び乗り、距離を置くと、既に遠くへと走り去った神父の姿が見えた。濃紺の法衣が闇に紛れて消えていく。
 ……逃がしたか。
 彼は魔物の足止めを喰らわなかったのか。
 それは、魔物達が、男が逃げるのを手伝ったかのようにも見えた。
 ターニャはただ立ちすくんで、男の逃げた方向を見詰めた。
 男は「またね」と言った。
 諦めずに雇い主を殺しに来るつもりなのだろう。
 次こそは、負けずに護らねばならない。
 ターニャは痛む手のひらを握りしめた。
◇◇◇

 あの事件から一年。
 ターニャはグランサイファー船内の通路を歩いていた。雲の上の陽が当たる甲板と違って、室内通路はほどほどに暗くて静かで落ち着く。
 進行方向にある団長室から話し声が聞こえてきた。

「どうだい、似合うかい

続いて、大の男が軽やかにくるりと回るステップの音。
 ターニャの耳は、正確に団長と青年の会話を聞き取っていた。もはや職業病だ。
「グランも人が悪い。僕に暗殺をさせないために、こんな血の色が目立つ服にしたんだろう
「そんなつもりはないんだけど」
「大丈夫さぁ。僕は今、暗殺より君達と空を回って魔物の研究をするほうが大事だからね」
「それなら良かった。今後も暗殺はやめてね」
「分かっているよ」
……暗殺者か。
 呆れるほどお人好しの団長は他にも、私のような人間を仲間にしていたのだな。そんなことをターニャが考えていると、部屋から声の主が出てきた。
 水色の礼服を着て、巨大な十字架の杖を持った聖職者だ。
 二人の視線が絡む。
 ターニャは丸眼鏡の奥の、紫色の瞳と視線が合った。

「やあ、お久しぶりだねえ」

柔和な笑顔を浮かべる男。その姿は、以前に見た侵入者と同一人物とは思えない。
 ターニャは口を開いた。

「……血の匂いがしない」
「団長と約束したからねえ。暗殺はやめたんだ」
二人が同じ騎空団にいるのは明白だった。ターニャが相手の出方を伺っていると、男はウィルと名乗った。
 ターニャも名を応える。
「この船で揉め事はごめんだからね、宜しくお願いするよ。ターニャ」
「そうか」

それだけ返すと、ウィルが拍子抜けした様子で言った。

「素っ気ないねえ。運命の再会なのに、もっと何か言うことあるんじゃないのかい
「……ない」

不器用なターニャは言葉にする術を持たない。
 例えば、あのとき何故ターニャを殺さなかったのかとか、何のために魔物を助けたのかとか、どういういきさつで船に乗っているのかとか、様々な疑問はあったが、質問するまでには至らない。
 ウィルが近付き、ターニャの前に立った。
 ターニャは何も反応しない。相手には殺気がなかったからだ。
 ウィルが祈りの言葉のような何かを呟くと、手から淡い緑色の光が生まれ、ターニャの両手に吸い込まれていった。

「神の加護は平等だからね」

別れの挨拶代わりに手を挙げ、ウィルは去って行く。
 ターニャは手のひらを見た。そこは何故か、温もりを感じていた。
 かつてナイフが貫通していた跡が、綺麗になっている。おそらく肩口の傷も消えているだろう。
 ターニャは歩き去るウィルの背中を眺める。

「おっ、ターニャじゃないか

威勢の良い少年の声が背後から振る。
 振り返らずとも誰かは分かる。フォレストレンジャーのウェルダーだ。ここ数日、ターニャの口下手を治そうと協力してくれてる……のだが、ウェルダーの熱血な口上を述べさせられるばかりでターニャには恥ずかしいことこの上なかった。

「今日も会話の練習しよーぜ
「あ、いや、わ、私は……」

怖じ気づくターニャの手を強引に握り、ウェルダーが仲間の待つ場所へと導く。
 ターニャは陽の当たる甲板へと手を引かれて行った。