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2016年2月23日火曜日

【蟹工船】ランスロットがヴェインを介抱する話


氷上の寝耳語(ねみみがたり)






 夜半。
 氷河を進む探査工船の上、甲板から船のへりに上体を預けるようにしてもたれかかった一人の男が、胃の中身を海へとぶちまけていた。
 いかにも船酔いといった様相の男の名はヴェイン。短く刈り上げた金髪を海に投げ出すようにして、軽装の甲冑に包まれた体を伸ばし、体の底から来る嗚咽のままに体を震わせる。

「大丈夫か」

ヴェインに寄り添うようにして、黒髪の優男、ランスロットが幼馴染の背中をさする。引き締まった筋肉でガタイのいいヴェインに対し、細身の青黒い鎧に包まれた姿はシャープな印象だった。
 ヴェインの表情はやつれている。胃の中はすでに空になっていて、苦い胃液を吐き出すだけになっていた。

「大丈夫 ……じゃ、ないかも……」

大丈夫、の部分は元気に言ったものの、やはり大丈夫ではないらしい。途中から弱気な口調に変わる。
 元気が取り柄で、いつも人懐っこい笑顔を見せる親友の憔悴しきった表情に、ランスロットは不安を隠せない。

「ごめんなランちゃん、心配かけて」
「気にするな。ほら、吐ききったなら中に入るぞ」

ランスロットはヴェインに部屋の中に入るよう促す。ヴェインは口元を押さえながらそれに付き従う。

 ここは極寒の地、ノース・ヴァスト。二人は氷山の間を進む探査工船に乗っている。傭兵として船長から依頼を受けて乗り込んだ二人だったが、蓋を開けてみれば、外界から孤立した船の中で、食事も寝床も満足に与えられず、タダ働きに近い重労働をさせられているのであった。
 荒くれ者の漁師たちに初日から海の中へ投げ込まれ、船の異常な掟を知った二人は、自分のため、ルリアたちを守るため、あるいは大事な親友をかばうために懸命だった。
 周りの景色は一面の白い世界で絶景だったが、それどころではない。
 船の低いエンジン音に混じって、氷山から氷が崩れ落ちる音が時折鳴る。それを背に、二人は室内へと入った。

 部屋はタコ部屋、といった風情だった。狭く汚い空間に漁師たちが雑魚寝している。
 ランスロットは自分たちが割り当てられた布団、というよりはゴザの上に座り、周りを起こさないように静かに甲冑を脱ぎ、グッタリしているヴェインの鎧をも脱がせる。
 小声でヴェインが言う。

「ランちゃんに……こんな情けないとこ、見せたくなかったな」
「俺こそ、お前をかばってやれなくてすまない」

二人は一枚のゴザの上に横になる。
 部屋が狭く、ランスロットが細身なこともあり、ヴェインはランスロットと一緒の布団で寝るように船長から命じられていた。
 ランスロットだけではない。ルリアにグラン、ジョエルも別のところで一緒に寝ているはずだ。
 とはいえ、大の男が同衾すると非常に狭い。船長の嫌がらせも含まれているだろう。
 ただ、体調不振で弱気になっているヴェインと、それを介抱するランスロットにとっては、悪い状況ではなかった。
 ヴェインはランスロットに言った。

「ランちゃん、そっち行っていい
「そっちも何も、同じ布団だろう」

ヴェインはジッとランスロットを見て、返事を待つ。その姿がお預けを食らった犬のようで、ランスロットは思わず吹き出した。

「……いいぞ」

ヴェインはごそごそと身を寄せた。寒い夜に動物が寄り添うように、二人の吐息がかかる距離まで身を詰める。そして、向かい合う姿勢で、ランスロットの胸に頭を押し付けた。
 ヴェインはランスロットの胸に顔を寄せると、心音を聞いた。落ち着いたペースで動くそれは、疲れたヴェインにはとても心地よかった。

「あー……心臓の音が安心するわー」
「俺のでよければいくらでも聞け」
「俺、ランちゃんがいい」
「何言ってるんだ」

ヴェインは少しだけ、ランスロットの鼓動が早くなるのを感じた。が、それを茶化す元気はなかった。からかったことで拗ねられても困る。

「なーんかさ、子供の頃を思い出すな」
「俺が家出したことか」
「そーそー。突然俺の部屋に忍び込んできてさー。ベッド狭かったなー」

ヴェインの疲れた顔にふっと笑顔が浮かぶ。

「ランちゃん、ヤンチャだったもんな」

ランスロットが少し恥ずかしそうにした。

「昔の話だ」
「あと、秘密基地に二人で……うえっ……」

ヴェインが言葉の途中で声を震わせ、口元を押さえた。
 ランスロットは慌ててヴェインを抱くようにして手を伸ばし、背中をさする。

「吐かずに我慢したほうがいい。胃の痙攣が止まらなくなるぞ」

ヴェインは頷いて、深く呼吸をし、嗚咽を飲み込む。

「何か話をしたほうが気が紛れるか

ランスロットがそう言い、ヴェインはしばらく考えた後に二つ返事をした。
 本来であれば、ヴェインは幼馴染の貴重な睡眠時間を奪うような真似はしたくない。が、今は心細くて、ただランスロットの気持ちが胸に染みた。
 ランスロットは言葉を続ける。

「ここ、奴隷船みたいだな」
「見たことあんの
「ないに決まってるだろう。パーシヴァルに借りた本に書いてあった図がこんな感じだった」
「へー、パーさんかー」

ヴェインは金髪の頭をランスロットの胸にグリグリと押し付けた。

「ランちゃん、俺の知らない間に色々やってんだな」

ランスロットは白竜騎士団の隊長だ。知識を吸収し、経験を積み重ねて成長しているところだろうが、ヴェインは置いていかれるような、一抹の寂しさを感じた。
 とはいえ、ランスロットはランスロットで、人を助けたいという一心で気弱な子供から立派な騎士に成長し、日に日に逞しく成長していくヴェインの姿を眩しく見ていたりもするのだが、そんなことはお互い知りもしない。
 ランスロットは胸元にいるヴェインの頭に少しだけ鼻先を埋める。

「すっかり潮風でべたついてしまったな」
「ランちゃんこそ、肌がベタベタしてるぜ
「甲冑が錆びないか心配だ」
「早く帰って身体と鎧を洗いてぇ」
「そうだな」

ヴェインがまた身体を震わせたので、ランスロットは背中をさする。

「無理して喋らなくていいぞ。俺の話だけ聞いていればいい」
「そういう訳にも……おぇっ……」

胃の痙攣が収まるように願いながら、ランスロットはヴェインを抱く。二、三度と身体を震わせ、ヴェインの身体は大人しくなった。

「そういや子供の頃にさ、よく魚釣りに行ったよな」
「そうだな」
「ここと違ってベタベタしないし、川はいいよなー」

二人の故郷には海がなかった。釣り、といえば川なのだ。

「だが、川にはヒルがいるぞ」
「あー……」

ランスロットの言葉に、ヴェインがしまった、という顔をする。

「あのときは悪かったって」

子供の頃、川釣りをしていて、ランスロットの足にヒルがついた。ヒルは歯を立てて血を吸うので、無理にはがすと痛みが走る。
 それをヴェインが知らずに無理やり剥がしてしまって傷がついたのだ。
 火にあぶれば綺麗に落ちるが、そうでなければ痛い思いをする。そんな知識は子供のヴェインにはなかった。
 ヴェインは焦りを含んだ声で言う。

「でも、ちゃんと毒を吸い出したろ

ヒルの特性をランスロットから聞かされたヴェインは、その後にランスロットの足に口をつけて毒を吸い出した。子供心に、ランスロットの肌は白いなと思ったことも思い出す。
 ランスロットが言った。

「あの日は結局魚が釣れなかったな」
「そうそう、坊主だった。今なら槍で魚が獲れるんじゃね
「訓練になりそうだな」
「あー、川釣りに行きたくなってきたなー。またランちゃんと遊びてえ」
「いつでもできるさ。……この仕事が終わったらな」

ランスロットが言うと、ヴェインは正直な気持ちを返した。

「ランちゃん、俺……」
「何だ
「早く治して、早く帰れるように頑張るよ」
「ああ。だが、無理はするな」
「ありがと」

しばらくの沈黙があった。
 次は何を話そうか、そう考えている間に、ヴェインから規則正しい寝息の音が聞こえた。
 ランスロットは安堵して、己も目を閉じた。
 朝が来れば、また重労働の始まりだ。それまでには、ヴェインの体調が少しでも良くなっているといい。
 そう願いながら、ランスロットは眠りに落ちた。